先代の「いろは横丁」(一二三横丁)、五右衛門というラーメン屋で昼食を食べた。カウンターだけの狭くて小汚い店だったが、みそ仕立てのラーメンは野菜とひき肉もたっぷり入って文句なしにうまい。今日で五日目という、40過ぎのやせぎすの雇われ店員が、食器のさげ、片付け、お冷や、客あしらい、どれをやってもダメで、汗だくで麺をゆでる恰幅の良い親方にどなられていた、リストラか懲戒免職されて何とか食いつなぐためにどれでもいいから職を見つけたという感じである。懲戒免職になるほど悪いことをしそうもない顔なので前者なのだろう。親方と良いコンビにも見えるので、もう少し修行すればもしかすると何とかなるかも知れぬ。
何口かラーメンを食べ始めたところで、小学校一年生くらいの女の子が店に入って来てカウンターに座り、パパ、パパ、と甘えている。「何だ、お客さんの居る前でパパパパ云うなって言ってあるだろ。一体何だ。そこらを自転車乗って一回り遊びに言って来い。おもちゃはみんな手提げのかばんに詰めてかごに入れれば落とさないから。それからお前は目が悪いからブルーベリーのパンを買って来いって言っておいたのに何でピーナッツバターのなんか買うんだ。スニーカーを素足で履くと汗で臭くなるからだめだって言ってあるだろう、何で靴下履かないんだ。二階に上がって行って取って来い、早く行って来い。」
女の子は私の腰掛けて居るうしろを通るところだったので椅子を引いたら、「ああ、大丈夫ですよ」と親方の顔がまた緩んだ。店の奥に二階へ上がる階段があるらしくカーテンで仕切られているが中はティッシュの箱や段ボールや服が雑多に積まれて居る。そこをよじ登って女の子は二階へ上って行った。そういえば、店に来る途中の路地でどこかの店のおばあさんと並んで座ってにこにこしながら話していた子だ。
1960年代にタイムスリップしたような気がして心が融けた。おそらく父子家庭なのだろうが、親方が体さえ壊さなければ最高に幸せな子に違いない。