magcupの日記

何でも引き付けるカップ、magcup

(父の想い出)犬を飼っていた

父親に生前、「お前も犬でも飼ってみたら、大型犬」、と言われたことがある。
父が子供の頃、つまり戦前に、軍用犬のシェパードを飼っていたことがあり、良く懐いて嬉しかったとのこと。
しかし、祖母が大の動物嫌いだったので、自分が子供の頃も犬を飼うなどと言うことは全くなかったし、一体、当時、どうやって祖母を説得したのか聞くと、どうも、父親が祖母と一緒に暮らしている頃に飼っていたらしい。
父親の祖母であるから、自分の曾祖母、ハナさんである。自分が産まれてすぐに亡くなったのでハナさんの記憶は全くない。
  
父親が祖母のハナさんと飼っていたのは、大きな黒いシェパードで、毎日肉を食わせていたとのこと。
大分後で分かったことだが、軍用犬の飼育にはお金が支給されるのだった。
陸軍落語兵などの話を読むと、犬の食費を自分に使ったと言う記述が散見されるのだが、祖母の家はたいそう裕福だったので、貰ったお金は実際に犬に肉を食わせるのに使ったらしい。
そして、人間と同じように、いつしか召集令状が来て、たすきかなにかをかけてやって「出征」させたらしい。
「こやまのおばちゃん(父の祖母)も泣いてたなぁ」、、と感慨深そうに語っていたのを覚えている。
その後、「見事な活躍で、、、」と言う戦死通知が来たそうだが、本当はどうだったかのか、全然分からないとも言っていた。 
  
この会話の断片から思ったことは、父は、子供時代の殆どを、母親Tさんとではなく、祖母のハナさんと実家で同居していたのではないだろうかと言うことだ。
そして、母親(Tさん、自分の祖母)が一緒に暮らしていたかどうかは甚だアヤシイ。
生前、よく、自分の母親が父親をからかうのに、「これだけの大変な、悪い環境(祖母が二回も離婚)で、よくグレなかったもンだわ」と言っていたが、それは、実際の生活が、彼の祖母であるハナさんと一緒だったためではあるまいか。
 
父親がいつからいつまで祖母と暮らし、また、母親と暮らしていたのか、それを紐解くのに戸籍の情報(改製原戸籍と改製原附票)からまとめてみた。以下、「祖母」は父親の母(Tさん)である。つまり、magcupの祖母。

  • 昭和8年11/6、祖母、I正人さんと結婚
  • 昭和8年11/8、父、誕生、長岡市殿町4-28*1
    • 但し、高校の卒業証書には誕生日が昭和二十七年10/5となっていた。このズレは何だろう、、、、。
  • 昭和14年10/5、祖母、I正人さんと離婚
  • 昭和15年2/5、父、祖母と養子縁組(小県郡室賀村大字下室賀228、I.義信さん戸籍より)
    • ※旧民法では子供は戸主(上の義信さん/祖父)に付くため。離婚して母親が引き取るためには養子縁組が必要であった。
  • 昭和15年9/20、祖母、G作一さんと再婚
  • 昭和27年3/1、父、H高校卒
    • 高校のアルバムの住所録では、流作場春日町2(ほぼ駅前であり、駅南のH.高校へも近い)
  • 昭和27年4/1、父、I.金属(株)就職
  • 昭和27年12/24、祖母、G作一さんと協議離婚
  • 昭和29年5/4、父、分籍(新津市大字新津3015、G作一さんより)
  • (改製原附票に日付なし)北魚沼郡小出町大字小出島
    • おそらく、I.金属の小出支店に勤務
    • 以下、改製原附票
  • 昭和30年8/18、転居、F町通5-624
  • 昭和31年4/24、転居、上大川前通4-111(本籍)
  • 昭和35年3/26、転居、平和町71-9
  • 昭和35年11/10、結婚
  • 昭和36年7/16、転居、A通3-13-16
  • 平成30年12/23、逝去

 
▽前回はここ
magcup.hatenablog.jp

*1:民法下では結婚しても最初の子供が出来るまでは籍を入れないのが通例だったので不自然なことではない